柴犬の遺伝病(GM1 ガングリオシドーシス)について

鹿児島大学 共同獣医学部 教授
大和 修

【はじめに】

体を構成する細胞が分裂して細胞核内にある遺伝情報(DNA)が複製される時に、極めて低い確率で突然変異が生じることがある。生殖細胞(精子や卵子)が作られる過程で突然変異が生じた場合には、それが遺伝病の原因となって子孫に引き継がれることになる。ただし、子孫は父親と母親からそれぞれ一組ずつ同等の遺伝情報(一対の遺伝子)を引き継ぐので、それら二組の一方にだけ変異を引き継いだ場合にはまだ病気を発症せず、二組ともに変異がそろった場合にだけ病気を発症する。このような遺伝病を劣性遺伝病と言う。つまり、劣性遺伝病は父親および母親の両方から同時に病気の原因となる変異を引き継いだ時に初めて発症する。

父親と母親がともに変異を一つだけ持っている場合(このような個体をキャリアと呼び、正常個体と同様に健康である)、このキャリア同士の交配によって、発症個体が4分の1(25%)の確率で発生する。つまり、図1のAのように、キャリアである両親の交配により(子犬が4頭生まれると)、確率的に1頭の発症個体、2頭のキャリアおよび1頭の正常個体が生まれることになる。発症個体は雄雌両方に同確率で生じる。また、下図のBのように、両親の一方がキャリアで一方が正常犬の場合には、発症犬は生まれないが、子犬の半分はキャリアとなる。なお、当然のことではあるが、Cのように両親ともに正常犬であれば、子犬はすべて正常犬である。

遺伝子病に関連する交配パターン
図1. 遺伝子病に関連する交配パターン

自然の確率では、通常はAのような組み合わせの交配になることは稀である。しかし、同じ犬舎内の近縁の個体同士を交配すると、Aのような交配パターンになってしまうことがあり、偶発的に発症犬が出現することになる。発症犬が出現するまでの過程では、知らない間にBのような交配が犬舎内で繰り返されており、気が付かない内に、犬舎内が多数のキャリアで占められている。疾患犬が初めて出たときに、あわてて調べてみるとすでに犬舎内がキャリアだらけになっていたというようなことがよく起こる。

【GM1 ガングリオシドーシス】

上記のような遺伝病で柴犬に時々みられるのがGM1ガングリオシドーシスである。GM1ガングリオシドーシスという疾患は、約50疾患からなるライソゾーム蓄積病の一つであり、GLB1遺伝子の変異(c.1647delC)によってβ-ガラクトシダーゼという酵素が欠損することで発症する神経変性性致死性疾患である。発症犬は、図2のような臨床経過(進行性の運動障害、視覚障害、認知障害)をたどって1歳余の年齢で死亡する。残念ながら、この疾患に対する有効な治療法はない。最もかわいい子犬の時期に発症して、介護の甲斐なく徐々に悪化して行き、最後には飼い主のことも認識できなくなって死亡する愛犬を目の当たりにしたとき、その飼い主には多大な心的ストレス(悲哀、不条理感など)が生じ、それが非常に大きな怒りへと転換され、結果的にブリーダーや販売店ひいては登録協会を巻き込んだトラブルに発展することがある。

これまでにこのような疾患犬を見たことがないというようなブリーダーの個人的経験は、その犬舎にGM1ガングリオシドーシスのキャリアがいないという何の保証にもならない。知らない間にキャリアだらけになっていることがあり、疾患犬が出たときには非常にたくさんのキャリアを保有していることになっているため、その後に疾患を出さない対策を講じるのが非常に大変である。

柴犬の GM1 ガングリオシドーシスの臨床経過
図2. 柴犬の GM1 ガングリオシドーシスの臨床経過

【発生状況】

GM1 ガングリオシドーシスの発症犬は、国内ではこれまでに北海道から九州まで、30頭程が確定診断されている。しかし、これまでに30頭だけが発症したというのではなく、その他の大部分の発症犬が明るみに出てきていないだけである。全国の柴犬集団をランダムに調査した結果に基づくと、キャリア率はおよそ1%である。ただし、近畿地方ではもっとキャリア率が高く3%程度である。中国・四国地方もキャリア率が高いと推測されている。キャリア率が1〜3%ということは、柴犬30〜100頭中に1頭はキャリアがいるということである。柴犬は年間に3〜4万頭が作出されているので、年間に数百頭以上のキャリアが生まれてきていることになる。そして、そのキャリア同士の交配によって、毎年数頭程度の発症犬が出てきている。本疾患については、ここ10数年来(ほぼ20年間)、筆者による多くの科学論文(国際誌)や総説・解説(国内獣医学商業誌)が出版されて、獣医学的には世界的周知となっているにも 関わらず、国内では未だに多くの獣医師、ブリーダー、飼い主が、この疾患の存在について認識していない。そのため、まだ発症犬の多くが、診断されずに原因不明のままどこかで死亡していることもあると推測される。

最初に筆者により診断された発症犬は、1997年生まれの雌犬であったが、実際にはそれよりもずっと前からこの疾患は出ていたと推測され、何の病気かわからないまま1歳余で死亡していたはずである。また、本疾患の原因となる突然変異が生じたのは、それよりもさらにずっと前のことであったと推定される。変異が生じてから疾患犬が実際に現れるまでには、おそらく何年か何十年かの歳月が必要である。また、展覧会で受賞するような優良犬すなわちチャンピオン犬が、偶発的にキャリアになる必要がある。チャンピオン犬は、多数の雌犬と交配するため、その時期に一気に変異が多数の子孫に受け継がれていく。キャリアが正常犬と交配して生まれた子犬の半数がキャリアとなるためである(図1参照)。偶然にもキャリアのチャンピオン犬を保有してしまった犬舎では、本疾患の変異を有するキャリア犬が同犬舎内に蔓延し、さらに他の犬舎の犬と交配することにより複数の犬舎に拡散していくことになる。このように一定の集団内で変異率が一気に高まる現象を創始者効果と言う。変異が蔓延した犬舎からは意図せず散発的に発症犬が作出されてしまうのである。だから、疾患犬を見たことがないという経験値のみに頼っていると、非常に痛い目にあることになってしまうわけである。

【予防対策】

すでに2002年には、柴犬のGM1ガングリオシドーシスの原因変異が筆者の研究により明らかになっているので、十数年前から遺伝子型検査は実施可能であった。現在まで、何度も遺伝子型検査の重要性を各方面に訴えてきたが、ほとんど国内では疾患情報が浸透していかず、残念ながら予防対策はほぼ全く進まなかった。一方、海外ではずっと以前から遺伝子疾患の予防に対する意識が高いので、2000年代中盤には海外柴犬クラブ(チェコ共和国)からの検査の要請があって、現地の繁殖犬の検査を実施したこともある(図3)。日本との意識の差は歴然としている。

遺伝子型検査の利点は、発症犬であることを診断できるだけでなく、キャリアであることも同じように判定できるところである。検査には、わずかのDNA試料があればよく、そのDNAはわずかな量の血液から得られるだけでなく、口腔粘膜や唾液からも抽出できる。

キャリアと判定された犬を繁殖ラインから外すことによって、本疾患は完全に予防できる。 しかし、外観上非常に優良な犬がキャリアであった場合には、その資質を残すために正常の雌と交配し(図1のBのパターン)、生まれた子犬全頭を検査して、優良かつ遺伝子型が正常の 個体を繁殖用として選抜することも可能である。また、キャリアの頭数が比較的多い場合には、キャリアのすべてを繁殖ラインから外すと逆に近親率が高くなって、潜在している未知の遺伝子疾患が健在化する危険があるので、絶対に急激な近親率の上昇、つまり近親交配は避けなければならない。既知の遺伝子疾患を急激に厳しく排除することによって、別の複数の遺伝子疾患が蔓延するというような逆効果を招いてしまうからである。

チェコ共和国柴犬クラブとDNA検体(口腔粘膜)採取の様子
図3. チェコ共和国柴犬クラブ(2005年)とDNA検体(口腔粘膜)採取の様子

【キャリアと動物倫理】

遺伝子検査によりキャリアと判定された犬は全くの健康体であり、ペットとしては何ら正常犬と変わりはない。キャリアはできれば繁殖には使わない方が良いが(前述したように、条件によっては正常犬との交配に使うべき場合も多々ある)、ペットとして販売することは全く 問題がない(実際に、これまでも検査されずに販売されてきた)。ただし、繁殖犬として販売もしくは譲渡された場合には、協会全体の信用を失墜するような極めて重大な事態となる。キャリアがペットとして販売されたことに異を唱える飼い主がいたとすると、それはおそらく動物倫理の観念を欠く犬を飼う資格のない人である。実際、遺伝子疾患のキャリアでない動物や人は存在しないと考えられており、誰もが複数の遺伝子疾患の変異を持っているのである。キャリアがもしも人為的に処分されるようなことがあれば、動物倫理上極めて重大な問題であり、そのような犬舎や組織はおそらく将来的に存続すらできなくなる可能性がある。国際社会においては(日本はすでに国際社会である)、ブリーダーや組織は動物倫理に十分に配慮した行動を取ることが求められている。

【おわりに】

繰り返しになるが、今や(約20年前から)、柴犬のGM1ガングリオシドーシスは、世界的に見ても獣医学上の周知の事実である。意識の高い世界中の柴犬愛好家は、ここに書かれたことはすでに常識として知っている。したがって、柴犬の専門家であるブリーダーや病気の専門家である獣医師が、この疾患について知らなかったでは、飼い主に対して言い訳にはならない。むしろ知らないことで信用を失墜してしまうことになる。

近年、組織が未然の対策を講じないことへの責任が問われる時代になったと、誰もが感じているはずである。まさに、過去に長い間未然の対策を取らなかったことで、今その責任が問われているのではないだろうか。今対策を講じないともう未来はないと感じている。

【参考文献】

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総説・解説:

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